お独りさま・始めてみたら快適じゃない!?

single again……独りで生き抜くよ♪ 毎日もがいて迷い悩みうろたえ生きている。自分と向き合うための記録。

アベノマスク送ってこなくていいですから

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四日ぶりの外出で、美容院に行ってきた。


カットカラーをしてきたのだが、


いつものティーサービスがなくなったせいか


お土産です、とマスクをいただいた。


なんか嬉しい♪ (*´ェ `*)



     



美容院だって、たいへんだろうに。


お客さんのアルコール消毒や


交換用マスクのほか、新たに購入した機材やらで


非日常の出費がずいぶんと嵩んでいると聞いている。


だのに……


ホントありがとうございます。





それにしても…… (。-_-。)



鳴りもの入りで登場しながら、


いまだ届かぬ……どころか回収騒ぎにまで発展し


断わりもなく税金を使い込んでる


かのアホノマスクとえらい違いだワ。



ふつう商品にトラブルでもあれば、


民間は自費でリコールする!


おまけにニュースで社名を公表して、


お詫び会見まですることだってあるというのに


それをなんだって


回収まで税金でもって面倒みてやる必要があるんだ!?



連日のあほニュースを聞くだけで


相当のストレスだわさ。


むかつくわ~(。・ˇ_ˇ・。)






こんなこと書きたかったわけじゃないのに


むかむかが収まりませんっ。




本日のつぶやき : 選挙がとっても待ちどおしいよね~

観ること・感じることを諦めない

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オンライン業務が始まっている。

一体どうなるだろうと不安もあったけど、普段の対面とはまた違う側面が見えてきて、いま、ワクワクするような面白さを感じている。


いまの仕事は始めて10年目だ。
慣れ過ぎてきて、ややもすると惰性におちいりそうな時期だ。その見直しが図れるという意味で、今回のコロナ騒動は、あんがい自分には良い契機になっている。


いい緊張感があるのだ。
その緊張感ゆえに準備も入念になる。周囲への気配り・念押しも増えている。たとえば、個別もしくは全体に何かを伝えたとしても、口頭だけでは実に心許ない。


「あの話はどうでしたか」「これどうするんでしたか」


こういう質問が必ず返ってくる。一か月の猶予があろうと質問や確認がとどくのは直前だ。こちらも予見しているからこそ、口頭で伝えた内容はかならず文字に書き起こし、全体に周知するよう配信しなおしている。ほんとうに周知徹底するのは難しい。
※書き起こしておいても、一度見たらそれっきりで、見直そうともしない人も多い。しかし、「そんなもん」なのだ。都合よく期待してはいけない。「そんなもんだ」くらいで構えておくしかない。



観ること・感じることの重要さ

わたしの仕事は、人一倍、対人関係を重視する。


「そんなもの、どんな仕事でも往々にしてそうだ!」といわれるだろう。
たしかに。でも「相手を観て、応じた導きを必要とする」典型的な職種なのだ。


相手の反応が薄い
表情がなくて読み取れない
呼びかけても返答がない
そもそも意欲はあるのか
どうしたいと思っている?

       


限られた時間の中でそうしたことを手探りするには、どうしても糸口が欲しくなる。


そんなふうに、わたしからすれば全く「暖簾に腕押し」だった相手が、少しずつ変わってくる?のを見ることがある。気づけたらラッキーな微細な変化。


ひとりはKさんである。
そのKさんが、いきなりハッとするような変化を、非日常の場で見せることがある。都度、わたしからも「注目しているよ!」のサインを返すのだが、日常に戻ると、あいかわらず「読みづらい」状態にもどってしまう。


二年ほど過ぎたころだったか。しばらくして、小さなキャッチボールが始まった。Kさんは、周囲よりも抜きんでて成長が速い。非常にクールに見える。見せないだけなのか。ためらいも感情も出さない。だが、その裏には驚くほどの取り組みがあった。まさに異質。わたしとは対極的な性質をもっている。凡庸な自分に、何ができるだろう。



もう一人、Rさんがいる。
地味で、控えめで、多くを語らない。多くを求めない。素直だ。でも粘りは薄い。すぐに諦めて放棄する。期待しないからか。自尊心が低いからか。構われたくないのか。放っておいて欲しいのか。それとも、待っているだけなのか。待ってさえいないのか。




答えはまだ出さない

分からないことだらけの中で、ひとつ心がけていることがある。
モノの見方として

  • 思いつくかぎりの問いかけをすること
  • 思いつくかぎりの選択肢を拾い出すこと
  • 確実に違う要素だけを消していくこと


結論を出すより、核心に近づくこと。集束していくことを心がけている。


ずっと観つめる
ずっと問いかける
ずっと投げかける


そこから、新しい何かが、違った何かが、また観えてくると嬉しい。




本日のつぶやき : いつでも受け止める気持ちでいるよ

更年期と防犯と。今後のことを憂うるよ

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眠い。


そういえば、今朝はコーヒーを飲んでなかった。


ちょっと睡眠不足が続くのでぼーっとしている。用心しよう。



それにしても、あいかわらず眠りが浅い。


原因の一つは、背中が暑くなって目が覚めてしまうこと。


そろそろ寝具の上掛けを、薄いものに変えるべきか。



残念ながら、メノポーズはいまだ健在らしい。


さすがにこの時期、指3本だけが異様に冷たくなるようなことはもうないが、


寝返りを打って背中の熱を放たないと目が覚めるなんて


ホットフラッシュの余波かな。




いま、どこも窓を少しずつ開けて空気をいれている。
※とくに先日の「家を閉め出されちゃったの事件発生」いらい開けっ放しである。
  https://singleagain.muragon.com/entry/51.html


朝はひんやりして気持ちのいい風が入ってくるが、


夜間はそろそろ扇風機を回して積極的に外気をとりいれたくなる。




ここにいたって、また不安になってくるのだ。


いつまで窓を開けて寝ていられるだろうかと。


シニア女性のひとり暮らしなんて、格好のねらい目ではないか?!



      



大柄ならまだしも、小っこいわたしなんぞ、ひとたまりもない💦


ここらは隣近所が近くて密集しているから、


そんな大胆なことはしづらいと見るか


死角になるから忍び込みやすいと見るべきか。




うっわ~悩む!


いまはともかく、あと10年したら?


こんなとき、眠りが浅くてよかったかもしれない。


家を囲むジャリ敷きの音は、踏みしめられたら絶対に聞こえる。


聞こえれば、目は覚める。



この眠りの浅さを、喜ぶべきか悲しむべきか。


じつに微妙~。


そのうち手元にスマホをおいて寝るべきかもねー💦



追記
忘れてたよ👇 睡眠不足のせいにしとこ^^; 


本日のつぶやき : そうだ! センサーライトを取り付けよう!

なんかジワジワと怖いんだよね【改訂版】

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朝から、せやろがいおじさんの動画を何本も視聴した。


なぜ日本のコロナ対策がこれほどショボくて遅いのか


というやつを。これは何度目かの視聴だけど。
      
     

なぜ!?遅くてショボい日本の新型コロナ経済対策について


※これインパクトが強すぎるんで、ただの画像を貼ってましたが、そうも言ってられない。
 もうyoutube そのものを貼りました。



そして、そこから湧いてくる


「なぜそういう展開になるのか」という疑問解明の糸口をさがして。


あちこち探し回ったけど、灯台下暗しだった……。


最初から知ってた V を見直せば良かった。




「遅くてショボい」日本の新型コロナ経済対策!その理由は?せやろがい✕藤井聡✕世良公則


なぜ官僚は、ことほどかように「健全財政の維持」にこだわるのか。


藤井さんの解説で、ようやく理解した。


さらに、ほかの方の解説からも補足すると、


財務省内の出世コースにのるには
「健全化」貢献度が肝になるから だという。



他にも、


「日本の赤字国債額は国民ひとりあたり数百万の赤字におよぶ」


という触れ込みのウソもある。



上念司「国の借金1000兆円は嘘です」経済評論家、経営者
※長いんで歯車のとこで速度調整するか、真ん中あたりからお聞きください。ただし映像はのどか~。




三橋貴明「“国の借金”というウソ!」 政府の負債・日本国債所有者 [モーニングCROSS]
※検索すれば数多出てくる。ほかにツイートでも確認できる。

  • タケシ+安住さんのテレビ発言(「言っちゃった発言💦」というやつね)



このウソ解明話。


じつは、9年以上前から知識としては知っていた。


わたしの知っていたのは、やや違う論点からの主張だったけど。


自国通貨による負債を自国民が支えているのだから問題はない、という展開だ。




もちろん反論も数多あるから、双方見比べだすと、


どれが最も信憑性ある主張なのか、わからなくなる。


経済学をしっかり積んでない素人には混乱する一方だ、というのも事実だ。


だけど、一番大切なのは知っておくことじゃない?


知らずに「危険だ危険だ」と煽られるより、


「どう危険なのか」ただしく恐れることが必要だというように。



A という論旨とそれに反するB という論旨


双方向を知っておくことが重要だろう。



「知っている」ということは、


「知らないでも平気」とうそぶいているよりマシなのだ。


政治なんて知らないと、考えるのを放棄しているよりマシだ。


「投票には絶対行かない」と主張する友人もいるけど、


個人的には、なに考えてんだろう……という思いがぬぐいえない。




ただ反省もある。


わたしは、これまで政府=政治家という単純構造でしか見てなかった。


むしろ今は、


わたしたちが投票できる政治家よりも


硬直した官僚の強硬ぶりの方が恐ろしいと感じている。



こうした官僚を抑制する機能ってどこかにあるんだろうか。


優秀ならではの高性能マシンが


ひとつの目標にむかって疑問を抱かず邁進していく設定は


高度に発達した AI が


誤ったプログラミングに忠実に機能する状況に酷似してない?


これって。


だれが阻止できるの?


どこで見直せるの?


いつ?






本日のつぶやき : 長年の疑問がひとつ解明し、新たな疑問がまた湧いた。
※一緒に勉強したいと思う方は(ちょっと古いけど)こちらもどうぞ



  


追記 この中で、簿記を少しかじったからこそ「なるほど!」と思える記述がある。
そうだった。わたしはこういう論旨を理解したくて簿記を勉強し始めたのもあった。
近視眼的に「仕事に活かせる範囲が少ない」と思っていたけれど。
勉強する意義はとり戻せそうだ。


※画像添付のため写真を残す

「いま」を意識すること

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こっわ~!!
今朝のニュースで。


体育の授業中、医療用マスク(N95)をして激しい運動をしていた中学生が、とつぜん死亡するケースがあいついで発生しているらしい。


酸欠になるらしい。中国の話だが、心底こわい。


息ができずに苦しいなら、ふつう無意識のうちにもマスクなんて外してしまいそうじゃないか。なのに、そんな衝動さえ効かないうちに、いきなり死亡してしまうのか!? 
怖いよ、これは。おそるべし酸欠!


わたしも狭い室内に大勢で詰め込まれると、自覚しないうちに眠りに落ちる。
自分に「眠い」という自覚はまったくない。ないのに、不覚ながら眠っている。
大学の演習、会社の研修で何度もあった。マジメに受けようと思ってるのに。
知らぬ間に眠り込む。どうしてだろう、と悩んだこともあった。
でもいま、あれは軽い酸欠になっていると理解している。


他の人より酸欠に弱く、その影響を受けやすい。
換気してほしい、と求めるまえに意識が落ちる。


自分のばあいはただの居眠りで済んでいるけど、これは程度問題だろう。
もっとも深刻なのが、死に至るケース。
変化に「気が付かない」というのは何よりこわい。


まあ、これでお陀仏になったとしても、いちばん楽な死に方ではあるけれど。
いつかはサヨナラするんだから、できれば痛みのない逝き方がいいもの。





話は変わる。


きのうスーパーは一転して家族連れでいっぱいだった。
ひとりで買物に行くって規範はどこいったの?
なんでみんなワサワサと家族連れで出てくるの?
「母の日」というイベントだけで、昨日まで意識づけてきたことが無に帰すの?





もう一つ。
きのう、琵琶湖岸に住む友人から、怒りのメッセが入ってきた。


県外から湖岸へ BBQ しにきた連中が、ゴミを分別もせずに放置して帰る。
そのため、地元民が後始末に追われている、という。

  • ゴミの分別しなおし
  • 有料袋の費用
  • ゴミ収集日までの管理

自宅のゴミですら、次の回収まで保管するとなると大変なのに。
そりゃ、これは憤りたくもなるだろう。


ついさきほど、「かの震災時には……」「日本人ならではの広徳心」という清々しくなるブログを読んだばかりなのに、一方でこういう無神経な話を聞いてしまう。


BBQにやってきた人たちも、きっと地元では、自治会でよびかける清掃活動にも参加し、回収所のゴミ当番を担ったりもしているはずだ。お家のゴミ分別は、燃やす燃やさないに始まり、ペットボトルや紙パック、缶やプラスティック回収のルールだってちゃんと守っているはずだ。


      


「日常」であれば当たり前なことが「非日常」の枠組みになると抜けてしまう。



わたしとて同じ。
転居前、自宅の収納や引き出しに詰め込んでいたありとあらゆる不用品を捨てようと躍起になっていたおり、大きなゴミ袋に手あたり次第いっしょくたに詰め込んでいた。そのままでは回収されないのをわかっていて、そうしていた。
結局あとで回収してもらうため、分別しなおしたのだけど。
※なにも考えず、ひとまず「捨てる」ことに意識を集中したいのだ。




非日常ってなんだろう。
身体に染みついた日常のルールも、いま一度しっかり意識しないと向きあえない?
日常のルールも、こんなときは免除されていい?


とんでもない災害に見舞われれば、分別など度外視して回収してもらえるだろうが、BBQ はそこまでの「非日常」ではない。遊びに行った当人たちには「非日常」であっても、傍の者にはあくまでも「日常」の延長である。海水浴しかり。お花見しかり。


あくまでも自分の線引きひとつなんだよね。



自分の意識や自覚でもって身を守ることがあるように、
自分の意識や自覚でもって他をきずつけないこともある。


「ついうっかり」やったことで多大な損失を出してからでは遅い。
自覚しないうちに倒れこんだのでは遅い。


「いま」している行為の意味に気が付くことが必要で。
「いま」している行為の一歩先まで、想像してみることが必要で。




粗忽ものとしてはとても耳の痛い話だ。




本日のつぶやき : いまの行為ひとつひとつをおざなりにせず意識すること
        -----これはヴィパッサナー瞑想に通じる-----